崇文区の崇文門東大街の北側に位置し、京城の内城隅櫓のひとつ。明代の正統元年(1436年)に建築が始まり、清代にはここが内城の東南角であった。角楼の中で唯一保存されたものである。すぐ北側には鉄道が敷かれているが、角楼の西側には現在も数100mにおよぶ内城の城壁が残っており、新しく補修が施され、城壁の南側に沿って公園が築かれている。
清代において京城の城門と城壁の防備は八旗に分掌されていた。崇文門から東南角楼のある東便門までの区間は正藍旗によって看守されており、東南角楼が聳える地上12mの高さの城台の上には、正藍旗が旗杆の固定に用いた石版が残されており、清代の京城を偲ぶことができる。高さ29mの角楼は、計114射撃用の小窓を有し、京城防備のために外敵に備えた。現在は観光客に開放され、ときおり企画展が催されている。また城台上に1963年に広安門駅で発見された明の崇禎10年(1638年)製の砲身225cmの鋳鉄大型火砲一門が安置されている。北方の清の脅威に備えて明末に製造された西洋式のカノン砲である。
FEE:一般10元
OPEN:9:00〜17:00
ADD:崇文区崇文門東大街東便門
TEL:(010)65270574
清代において京城の城門と城壁の防備は八旗に分掌されていた。崇文門から東南角楼のある東便門までの区間は正藍旗によって看守されており、東南角楼が聳える地上12mの高さの城台の上には、正藍旗が旗杆の固定に用いた石版が残されており、清代の京城を偲ぶことができる。高さ29mの角楼は、計114射撃用の小窓を有し、京城防備のために外敵に備えた。現在は観光客に開放され、ときおり企画展が催されている。また城台上に1963年に広安門駅で発見された明の崇禎10年(1638年)製の砲身225cmの鋳鉄大型火砲一門が安置されている。北方の清の脅威に備えて明末に製造された西洋式のカノン砲である。
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